皆さんお元気ですか??
高市内閣、発足してまだ2カ月も経っていませんが、
日本が動き出している気がします。
・ガソリン暫定税率の事
・不法移民の事
・自賠責保険の使い込みの事
・中国政府に対しての毅然とした態度
・社交的な外交
(壊れたATMのような歴代政権はいったい・・)
見ていてとても小気味良いです。
今までの政権はいったい何をしていたのでしょうか??
なんでも高市総理は、
就任して一度も会食をしていないそうで。
というより、
まともに食事をなさっているのでしょうか??
目の光はとても強いですが、
日に日に痩せていっているように見えます。
「働いて働いて働いて・・・」
下さるのはありがたいですが、
休む時はきっちり休んで、
しっかりとご飯を召し上がって下さいませ。
↑ あなたは少し断食なさったら??
さて、今日は先日の松山一泊旅行の続きです。
よろしければお目通し下さいませ。
ルートイン松山で朝ご飯を済ませると、
道後温泉に向かいました。
在学中は道後から引き湯をしていた銭湯に通ってましたが、
道後温泉の本館は2回しか行ったことがありません。
↑ 坊ちゃん列車。
↑ 実際は様々なペイントをした路面電車が走っています。
↑ 温泉近くのローソンは、完全に街に溶け込んでいました。
↑ 道後温泉本館です。
奇跡のように人がいない瞬間のショット。
この前後はワラワラと人が湧いていました。
↑ 浴室内の写真は撮れませんので、
ネットから拾いました。
道後温泉は日本で最も古い温泉の一つだそうで。
在学中は全くありがたみもなく、
ただの銭湯としか考えていませんでした。
なんて罰当たりな・・・。
心身ともにサッパリとして、ふらふらしていると、
思わぬものを発見しました。
♡♡道後ミュージック♡♡
在学中から気になって仕方のなかった、
ストリップ小屋。
そういえば在学中、
ココのチラシを投函するバイトをしたことがあります。
ストリップ小屋はいまや四国では唯一、
日本で20件しかないそうです。
在学中は金銭的に行く事ができず、
松山を離れてしまいました。
今は懐に若干の余裕があります。
(って、学割があるんですね(笑))
と言っても、朝の11時からは公演していません。
思いっきり後ろ髪を引かれながら、
道後ミュージックを後にしました。
YouTubeをイヤホンにつなぎ、
散策中のBGMは
「朗読 坊っちゃん。」
それしかないでしょう(笑)。
次に向かったのは、大学の近くの護国神社。
(ごこくじんじゃと読みます)
戊辰戦争以来の愛媛県出身の戦没者のほか、軍属、女子学徒、看護婦、電話交換手、報国隊、義勇隊、富山丸・東予丸犠牲者、警察官・消防団・自衛隊等の公務殉職者、公共に尽くして県民に恩恵をもたらせた先賢諸士として加藤嘉明・藤堂高虎・久松定行・伊達秀宗をはじめとする各藩の藩主、足立重信、建武の新政から明治維新に至るまでに国事に殉じて贈位を受けた者、産業功労者として義農作兵衛、下見吉二郎、鍵谷カナ、文化人として尾藤二洲、近藤篤山、矢野玄道、正岡子規などを合祀し、49727柱を祀る。
↑ Wikipediaより
当日まで、こんな役割の神社とは知りませんでした。
在学中は、トレーニング前の準備運動をする場所として
利用させていただいてました。
この境内で、輪になって準備運動を。
懐かしい・・。
↑ 母校「愛媛大学」
と言っても、授業に出なかったので、
懐かしいと言う感覚もございません。
そろそろお昼ご飯の時間。
実は、松山での昼ご飯は、決めている店があります。
大学の近くの定食屋さん。
安くて早くて量が多い!!!
貧乏学生にとって本当にありがたい店。
うろ覚えですが、
当時カツカレーが380円だか480円じゃなかったかな。
↑ 太養軒
あった!!!
30年前の記憶は正しかった!!
あーーー。
キャンパスの100倍懐かしい。
でも、お昼時なのに、全く活気がない。
↑ (涙)
よりによって、
訪れた11/19、11/20は連休でした。
まあいいでしょう。
また松山に来る口実ができました。
その際は、道後ミュージックにも。
次に行きたかったのは、
浅川が5年間下宿していた「荒木荘」。
隣り合った2部屋を借りて、
15,000円/月でした。
トイレ、流し共用。
シャワーは30円/回くらいだったでしょうか。
大学の門から徒歩1分くらいでした。
(門から教室までの距離の方が
はるかに長かったです。)
↑ 我が荒木荘。
でも、人の気配がない。
↑ もう、解体前でした。
それはそうですよね。
浅川がお世話になっていた頃でも
築30年は過ぎてそうでした。
浅川が松山を離れてから、30年経ってます。
十分にお役御免ですよね。
解体前に訪れる事が出来て良かったです。
5年間、お世話になりました。
最後にどうしても行きたかったのが、
松山城です。
松山城(まつやまじょう)は、愛媛県(旧伊予国)松山市に築かれた日本の城。別名金亀城(きんきじょう)、勝山城(かつやまじょう)。「松山城」と呼ばれる城は、同じ現存12天守の一つである備中松山城(岡山県高梁市)など各地に存在する。本城も「伊予松山城」と呼び分けられることもあるが、松山市にあることもあり、単に「松山城」とした場合は一般的に本城を指す。
江戸時代に同地などを治めた伊予松山藩の藩主居城および政庁として築かれた。松山城が建つ勝山は「城山」とも呼ばれ、城跡の主要部分が城山公園として整備されている[1]。四国最大の城郭[1]であるほか、建物がよく保存されている。前述のように、現存12天守の一つである大天守を含む21棟が国の重要文化財に、城郭遺構が国の史跡に指定されている。そのほか、連立式天守群の小天守以下5棟をはじめとする22棟(塀を含む)が木造で復元されている。
天守は江戸時代後期に再建されたもので、現存12天守の中で最も新しい。
↑ Wikipediaより
日本三大連立式平山城って言われてるそうです。
そう。平山城なんです。
平地にある山の上に建てたお城。
お城に至るまで、山を登らないといけない。
サイクリング部時代は、
冬場のトレーニングでは走って登ってました。
(サイクリング部員なのに、自転車ではありません。
冬は足で走るんです・・。そんなつもりではなかったのに。)
たくさんある門の中には、重要文化財もチラホラ。
そんなありがたみを感じる事は一切なく、
死ぬ思いで山を駆け登ってました。
↑ ロープウェイとリフト
もう山を登る元気もなく、あっさりとリフトを選択。
あっという間にお城の広場まで。
↑ この広場で、新入生歓迎の飲み会。
当時、その時期になると大学生が大騒ぎしていました。
運が良ければ、桜もきれいで。
また、冬のトレーニングでは、
ここで腹筋、背筋、腕立て伏せを。
本当にしんどかった。
↑ 天守閣
思い出がある事は間違いないですが、
松山城は本当に姿がいい。
↑ 眼下の瀬戸内海
雲が多いのが残念。
晴れていると、本当に絶景なんですよ。
木曜日の昼間、観光客の半分は中国の方でした。
下に降りると、いい加減腹ペコです。
城山から大街道までの道は、
ビックリするほどたくさんの鯛めしの店が。
30年前は、こんな店は一軒も無かったかと。
↑ これが鯛めしだそうです。
タレに生卵を入れて、
鯛のお刺身をまぜる。
それをご飯に乗せて掻っ込む。
松山に5年居ましたが、ホント初めて見ました。
美味しかったです。
板さんに聞きましたが、松山の鯛めしは
鯛の炊き込みご飯で、
今回の鯛めしは宇和島の流儀だそうです。
在学中は逆立ちしても
そんな贅沢な食事ができるはずもなく、
太養軒に入り浸ってました。
それから無事に、飛行機で帰ってまいりました。
空港から八王子まで直行バスだと、本当に楽。
自分なりに、1泊2日を十分に満喫させていただきました。
留守の間、会社を守ってくれた
秋山、渋谷には感謝感謝です。
もう今年も1か月を切りましたが、
最後まで駆け抜けようと思います。
狂ったように走っていた時代を思い出して、
浅川も元気を取り戻したみたいです。
今回も不動産と全く関係ない話にお付き合いいただき、
誠にありがとうございました。
今後とも浅川と浅川不動産(株)、
弊社スタッフ一同をよろしくお願いいたします。